文化財トピックス

本庄市郷土叢書第7集「本庄市の地名2-児玉地域編-」を刊行しました。

児玉地域を児玉、金屋、秋平、本泉、共和の5地区に分け、江戸時代や明治時代の記録を参考に各地区ごとに小字の名称、範囲、地名の由来などについて解説しています。

本庄市の地名2-児玉地域編-(PDF:45.3MB)

「本庄市の文化財~散策ガイドブック~」を刊行しました。

市内を、6地区に分け、区域ごとに指定・登録文化財を収録してあります。文化財を見学する際のガイドブックとしてお役立てください。

本庄市の文化財~散策ガイドブック~(PDF:30.3MB)

本庄市郷土叢書第2集「本庄市の鎌倉街道と中山道-"ほんじょう"の古道と歴史」本庄市郷土叢書第4集「本庄市の人物誌1盲目の国学者 塙保己一の生涯」を増刷しました。

第2集・・・本庄市の成り立ちを考える上で重要な交通路であった「鎌倉街道」と「中山道」を中心に関連する歴史上の出来事や文化財を紹介しています。

第4集・・・本庄市出身の盲目の国学者塙保己一の生涯とその業績や人柄などを多くの資料や逸話を交えながら紹介しています。

本庄市郷土叢書第6集「本庄市の地名1-本庄地域編-」を刊行しました。

本庄地域を本庄、藤田、仁手、旭、北泉の5地区に分け、江戸時代や明治時代の記録を参考に各地区ごとに小字の名称、範囲、地名の由来などについて解説しています。

本庄市の地名1-本庄地域編-(PDF:15.5MB)

本庄市郷土叢書第3集「本庄市の武蔵武士-武蔵七党児玉党の活躍とその後-」を増刷しました。

古代末期に現在の本庄市域に誕生した武蔵武士の一つである児玉党の活躍とその後の動静を解説しています。

本庄市文化財ガイドマップを作成しました(更新日:平成27年6月)

本庄市の歴史と文化財について、文化財ガイドマップを作成しました。

ガイドマップ表紙 (PDF:251.4KB)

マップ全体 (PDF:4.2MB)

 

このガイドマップは、5つの地域について、各種文化財をマップにて紹介しています。

<緑> 競進社模範蚕室周辺の文化財 (PDF:275.1KB)

  競進社社長であった木村九蔵が養蚕の技法の1つである一派温暖育に適した蚕室として建設した競進社模範蚕室とその周辺の児玉町の文化財についてのマップです。児玉町旧配水塔や雉岡城跡等について紹介しています。

 

<橙> 盲目の国学者塙保己一ゆかりの文化財 (PDF:268.3KB)

  群書類従の編纂等の偉業を成し遂げた盲目の国学者塙保己一に関連した児玉町の文化財を示したマップです。塙保己一旧宅や、塙保己一記念館等を紹介しています。

 

<青> 成身院百体観音堂周辺の文化財 (PDF:414.3KB)

  江戸時代に起きた浅間山の大噴火の犠牲者を弔うために建立された成身院百体観音堂(さざえ堂)とその周辺の児玉町の文化財についてのマップです。6世紀中頃に作られた秋山庚申塚古墳や養蚕家屋が点在する高窓の里等を紹介しています。

  

<紫> 旧中山道周辺の文化財 (PDF:418.3KB)

  江戸時代宿場町として栄えた旧中山道周辺の文化財についてのマップです。現在資料館として使われている旧本庄警察署や旧本庄商業銀行煉瓦倉庫等について紹介しています。

  

<桃> 古墳や史跡を中心とした文化財 (PDF:276.6KB)

  本庄市に数多く存在する古墳や、かつてこの地で活躍した武士の墓について紹介しています。鷺山古墳や平重衡の首塚等があります。

ガラス小玉鋳型が出土しました(更新日:平成26年10月)

 

ガラス小玉鋳型について2(中間報告)

 平成24年度に薬師堂東遺跡で出土した「ガラス小玉鋳型」は、現在、整理調査が進められています。調査作業の過程で、新たに多数の鋳型の破片が確認され、出土点数は最終的に211点に達しました。接合作業を行った結果、「ガラス小玉鋳型」の個体数は、完形品を含め188点となりました。
 市では、調査分析を「独立行政法人奈良文化財研究所」に依頼していますが、平成26年3月の報告では、ガラス小玉の材料には「鉛ガラス」が使用されているということが明らかになりました。この「鉛ガラス」は、7世紀代のガラス製品には一般的に使われている材料であることから、「ガラス小玉鋳型」に伴って出土した土器とも、年代が一致することが分かりました。
 今後は、ガラスに含まれる鉛の同位体比分析を実施し、ガラス小玉の製作に用いられたガラスの産地が、日本列島か朝鮮半島かを判別して、当時のガラス素材流通ルートの解明を目指します。
 

 

 ガラス小玉鋳型について1(出土報告)

 本庄東中学校の校舎建設に伴う薬師堂東遺跡の発掘調査で、7世紀のガラス小玉鋳型が出土しました。
  完形品としては日本初であり、一遺跡での出土点数もこれまで最多であった大阪府柏原市船橋遺跡の23点を大幅に上回る110点を数えます。この数は、これまで全国で出土しているガラス小玉鋳型の総数70余点をも凌ぐもので、薬師堂東遺跡では、ガラス小玉の生産が盛んに行われていたことが推測されます。(平成25年6月記者発表資料より)

 

ガラス小玉鋳型について(平成25年6月記者発表資料)(PDF:287.5KB)

児玉町旧配水塔の保存改修工事が終わりました

児玉町旧配水塔は児玉町市街地に水道水を送るため、昭和6年に建てられました。昭和30年まで使用され、その役割を終えた後も、地域のシンボルとして親しまれ、平成12年には、歴史的建造物として国の登録有形文化財になりました。埼玉県では唯一の塔型配水塔で、かつ最古の配水塔でもあります。
 市では、この建物を大切に保存し後世に残すために、また、外観見学・散策などを安全に楽しんでいただけるよう、保存改修工事を行い、平成26年4月に工事が終了しました。
 きれいになった旧配水塔を是非見にきてください

旧配水塔

陸船車(世界最古の自転車)

 「陸船車」は、江戸時代の享保年間に武蔵国児玉郡北堀村(現在の本庄市北堀)の百姓門弥が考案した乗り物とされるものです。彦根藩士平石九平次の著した「新製陸舟奔車之記」に、この門弥の発明した陸船車が将軍徳川吉宗の耳に入り、近く見聞になると記録されています。
 この記録には、この陸船車の図解が載せられており、車体は桐で造られ、黒く塗られていたようです。また、車体は船の形をしていて、車輪は4輪であり舵取り用の柱が2本描かれています。なお、車体のほぼ中央の車軸の中間に四角い箱が書かれており、これが駆動用の装置と思われます。
 この「陸船車」は、人力による自走式の乗り物であることから、この乗り物についての歴史的な位置づけには諸説ありますが、世界最古の「自転車」として捉える考え方もあり注目されています。

門屋式陸船車

門弥式陸船車(復元模型)

門弥式陸船車図面

門弥式陸船車絵図面

お問い合わせ先
教育委員会事務局文化財保護課
〒367-8501
埼玉県本庄市本庄3丁目5番3号
電話:0495-25-1185・0495-25-1186
ファックス:0495-25-1193
メールフォームによるお問い合わせ

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