朝鮮人虐殺慰霊碑の建立(平成23年9月12日回答)

意見・提言

 今年も大正12年の関東大震災の日、9月1日が近づいてまいりました。流言飛語により朝鮮の人が本庄市でも大勢殺されたとの事、大変不幸な出来事でした。その慰霊碑が、長峰の地に建立され毎年9月1日に慰霊祭が行われていると伺いました。今回慰霊碑を又、新たに歴史民俗資料館のところに建立する話が持ち上がっているとの事ですので、市長様に意見を述べさせていただきます。
  今まで朝鮮人虐殺事件については、聞いてはおり噂程度で詳しい事は知らず、不幸な事件だけどどうして・・・と思っておりました。そこで改めて、当時の事を調べさせていただきました。その結果 本庄市歴史民俗資料館には、朝鮮人虐殺に関しての展示がされており、1980年発刊された北沢文武氏「大正の朝鮮人虐殺事件」の著書の中に、本庄町民が自分達の危険を顧みず、東京から送られてきた朝鮮人を乗せた車を「今行ったら皆殺しにされてしまう」と告げ、深谷方面に逃がした事、その後50年経ってその人達の無事が確認できた等、大事なことを市民の方に知らされていないのは不思議です。
  また、事件後大正13年には本庄町民の有志により犠牲者が埋葬されたという長峰墓地に「鮮人之碑」が建立されその後、欠かさず慰霊祭が行われ、最初の「鮮人」という言葉が差別的表現という事で撤去され、昭和34年に現在の「関東震災朝鮮人犠牲者慰霊碑」が建立されたと聞き、本庄市行政と市民の思いやりを感じました。市民の中には朝鮮人を助けたり、慰霊碑を自分達の浄財で建立したりした人たちがいた事実も知らせるべきだと思います。大正13年以降本庄市で慰霊祭が行われているのは、当然の事とはいえ立派な事だと思います。
  更に知人に紹介されて 「関東大震災」朝鮮人の虐殺の真実 工藤美代子著・産経新聞出版発行を読み、この事実は日本人として皆が認識しなければならないと思いました。
  世界中の歴史は、内戦、侵略の繰り返しで、苦しんだ多くの人たちがいますけど自国の事実、真実の歴史を学び認識して厳粛に受け止め、反省し自国に誇りを持って国を愛し、他国を敬う心で共生し、一人ひとりが世界平和を目指すためには、本庄市行政においても、公正で中立な結論を出されるには、しっかり双方の事実を検証しなければ出来ないことと存じます。
 <結論>
  朝鮮人虐殺については、酷く、残酷で不幸な歴史であると思いますが、本庄市は毎年花を手向け佛教界の方々のご協力で読経をしていただいているそうです。又埋葬地である長峰には、立派な石碑が建立されているのに、何故 歴史民俗資料館に新たに慰霊碑を建立しなければならないのか、建てたいと言っている人達の意図を図りかねます。
  今大切なことは歴史教育にしても一方的な、物言いではなくお互い真実に近づける努力をし、自国に誇りを持って他国を尊重し、暗い過去への反省をして未来志向でものを考える事ではないでしょうか。

回答

 関東大震災における朝鮮人の虐殺事件につきましては、○○様のご紹介のとおり、毎年9月1日に、「過ちは二度と繰り返さない」ことを誓って、長峰墓地において犠牲となった人々の慰霊追悼式を行っております。また、事件の現場であります旧本庄警察署である現在の本庄市立歴史民俗資料館において、事件についての資料や写真を常設展示しているところです。
  なお、この事件については、本庄市といたしましては平成7年発行の『本庄市史』通史編3において、「朝鮮人事件」として22ページにわたって、記述しており、地域住民の中にもこの悲惨な事件を制止した人々のいたことも「一連の事件に対する美談」として示し、事実は事実として、公正・中立な記述となっております。
  本庄市では、この事件を史実として継承していくことが大切であると考えておりますが、事件のあった現本庄市立歴史民俗資料館敷地内への石碑建立の件につきましては、要望される方々がいらっしゃる一方、反対の立場の方々もいらっしゃいますので、充分にその対応について検討をしてまいりたいと考えております。なお、○○様のお手紙にはこの石碑について、「新たに慰霊碑を建立」とされておりますが、要望されております石碑は、「慰霊碑」ではなく、事件の場所を示す石碑であると伺っております。
  いずれにいたしましても、本庄市では、この石碑建立の件につきましては、公正・中立な立場で対応してまいりたいと考えておりますので、今後ともご提言ご協力を賜りますようお願い申し上げます。
 (平成23年9月12日回答)

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