上田県政への感謝 (令和元年9月分)

 おはようございます。9月2日、今月の月いちメッセージをお送りします。
 本日は新しく埼玉県政を担われることになった大野元裕新知事の初登庁日です。一昨日の8月31日、新知事ご本人より就任挨拶のお電話をいただきました。私からはお電話へのお礼とご当選のお祝いを申し上げ、県政の発展と本庄市政へのご支援をお願い致したところです。
 さて、その前日の30日、上田清司前知事はご退任されました。本日は、16年間の長きにわたり県政を担われた前知事に感謝の意を表しつつ、私の印象に残ったいくつかのエピソードを紹介したいと思います。
 前知事の政治姿勢で特徴的だったのは、埼玉県また各市町村の課題を、誰にでも「目で見て分かる」よう可視化する、そして結果を出すよう努力を促す、ということでした。その具体的例が、収納率や人口当たりの犯罪発生件数について、県内市町村ごとの実態が色で分かる地図を作成し知事室に掲げ、来訪者に一目瞭然としたことです。
 これは我々市町村長、そして市町村職員を発憤させました。本庄市においてもその後収納率は大きく改善し、今や全国平均以上となっています。
 また、犯罪を減少させるためには、自分たち県民も努力しようとの、当時の知事の呼びかけで、防犯パトロールが始まりました。本庄市においても犯罪発生件数は15年前に比べて格段に少なくなりました。
 このようにトップがわかりやすく課題を伝え、それを見た職員や住民にやる気を起こさせ、結果を出す、このリーダーシップは見事であったと感じます。
 続いて、本庄市政について印象に残っている上田県政のエピソードですが、三点、まず本庄早稲田の杜づくり、次に塙保己一賞の創設、そして大雪被害への対応を挙げたいです。
 本庄早稲田の杜づくりですが、思い起こせば平成15年3月、当時の地域公団の区画整理事業として、15ヘクタールの土地が市街化編入となりましたが、その直後の6月、国において、まさにその地域公団の、URへの再編と独立採算経営への移行が1年後と決定。本庄市での事業の先行きは早くも暗雲が立ちこめ始めました。その後の8月、県知事選挙で当時の上田候補がこの事業の「再検討」を掲げ当選したのです。
 翌年の地域公団再編で本庄市の区画整理事業に向けた動きは完全に止まってしまい、約束した用地先行買収に市が単費で約5億円支出するなど大変な苦労がありました。当時の上田知事の言葉は「まずは本庄市がどうしたいのか」から始めるべきというものでした。これには反発もありましたが、私は本庄市の主体性が問われており、これは応援のメッセージだと感じました。その後UR事業として国と県の支援を受け再スタートした本事業でしたが、本庄市の主体性という点を心がけ、名称も本庄新都心開発事業から本庄早稲田の杜づくり、と変え、区画整理事業や企業誘致などに市民と行政一体で取り組み、成果を上げてきました。その出発点に先ほどの上田前知事の言葉があったと感じております。
 塙保己一先生遺徳顕彰については本庄市の大きなテーマですが、上田前知事の強い思いで県が平成19年度から「塙保己一賞」を創設し、事業は大きく厚みを増しました。保己一先生の名と、その精神は、塙保己一賞受賞者の皆さまを通じ全国に広まっています。今後とも遺徳顕彰事業に、このネットワークを大いに活用したいです。
 平成26年2月の大雪により、県北一帯の農業は大打撃を受けました。その際は前知事自ら被災農家に回られ、お見舞いと励ましをいただき、県の農政担当職員も市や農業団体の職員と共に迅速な対応をしてくれました。こうして埼玉県の被災農家の復興は他県よりも速かったことは特筆すべきことと思います。
 前知事にはその他にも、国道17号バイパス本庄道路の建設促進や、エコタウン推進事業、早稲田大学と本庄市との連携、企業誘致、はにぽん支援、埼玉出会いサポートセンター事業、などさまざまな面でお世話になりました。
 このようなことをお礼状にしたため、先月末に差し上げたところ、ご本人からお電話をいただき、本庄市の職員の皆さまにも、長い間有難うございました、とのことでしたので、ここにみなさんにお伝えしておきます。
 改めて上田前知事と埼玉県政の16年間に感謝の意を表しつつ、今月の月いちメッセージを終わります。

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