塙保己一の顕彰について(令和6年8⽉28⽇回答)
意見・提言
塙保己一の人間としての素晴らしい生き方、これをもっと世の中の人に知ってもらえるように、マスコミ、テレビなどメディアを通じてもっともっと知ってもらうよう、本庄市としてできないでしょうか。
私としては、世界のヘレン・ケラーが日本の塙保己一がいたからこそ、本人が努力して、世界のヘレン・ケラーになったのだと思います。
子どもたちのためにも、吉田市長に一生懸命頑張ってもらって、塙保己一の名前を全国に広めてもらいたいです。お願いします。
回答
私は、総検校塙保己一先生遺徳顕彰会の会長でもありますので、その立場からも回答いたします。
塙保己一先生は、子供の頃の病気がもとで盲目となりながらも、「世のため 後のため」と不撓不屈の精神で666冊からなる群書類従を編纂した、郷土の誇れる偉人であります。
○○様のお手紙にありますとおり、ヘレン・ケラーは幼少時から塙保己一先生を手本として勉強し、1937年に来日した折には、渋谷区にあります公益社団法人温故学会を訪れ、塙先生愛用の机や座像に触れ、大変感動したと伝わっております。
総検校塙保己一先生遺徳顕彰会では、塙先生の精神を受け継ぎ、その功績を世に広く知っていただく活動をしております。主要事業としましては年3回のイベントや式典があり、5月の顕彰会総会、命日である9月12日に参加者全員で遺影に菊の花を捧げる顕彰祭、そして12月には埼玉県主催・本庄市共催の塙保己一賞表彰式を行っています。
いずれの実施案内も、市の広報紙への掲載や、新聞社・通信社・テレビ局などのメディアに情報提供を行い、実際にラジオで放送されたり、新聞に掲載されたりしております。
また、私も機会のあるごとに、講演会などで塙先生について講話を行っており、こういった活動を通して塙先生の偉業が広まっていくものと確信しております。
このほかにも、本庄市二十歳の祝い参加者への塙先生のパンフレットの配布、新小学校1年生への冊子「ものがたり塙保己一」の配布など、市内の若い人たちへの継承も進めております。
○○様のように、塙先生をもっと世の中の人に広く知ってもらいたいと考えてくださる方がいらっしゃること、大変嬉しく、またありがたく存じます。
私個人としても、また顕彰会といたしましても、引き続き塙先生の顕彰活動に努めてまいります。
(令和6年8月28日回答)
この手紙の内容に関するお問い合わせ先
文化財保護課 25-1186



更新日:2025年03月18日