戦後64年、戦没者への追悼(平成21年8月分)

更新日:2020年10月01日

おはようございます。天候不順の夏となっています。8月3日、今月の月いちメッセージをお送りします。
さて皆さまご存じのとおり、8月は過去の戦争の記憶をたどり、世界の平和を祈り、先人の苦難をしのぶ特別な月でもあります。今日はこのことについてお話したいと思います。
皆さまの中にも、ご家族ご親族の中で戦死された方、あるいは空襲などで亡くなられた方がいらっしゃるかと思います。64年前の戦争を直接知る人は、すでに社会の一線から退かれ、その事実は、次第に遠い過去のものになりつつあります。私は8月に各地で行われる追悼式に参列し、また市では10月に戦没者追悼式を主催しておりますが、今や遺族の方々も高齢化が進んでおります。
一方で、先の大戦の歴史の中での位置づけについては、いまださまざまな論議があります。さまざまな解釈があるのは当然としても、現代という一種の高い位置から簡単に過去を裁くような評論に対しては、私自身違和感を持っております。
歴史に向き合う際、「まずは何が事実だったかを丹念に探求する」、また「その時代の人々の気持ちに思いをはせる」。これが歴史に対する真摯(しんし)な姿勢であると私は思うのです。
そして歴史認識については、それぞれの国や個人によって見方や考え方が異なることは当然とはいえ、一方的な歴史観を相手に押し付けることはフェアではないと思います。
私自身、先の大戦について申し述べるならば、私は戦争を知らない世代ですが、戦前・戦中世代の祖父母がおり、周囲の年配者から、多くのリアルな戦争体験を聞く環境の中で成長しました。その後も、先の大戦については記録や体験記、またさまざまな見方・考え方を書物やその他を通じて学びました。しかし、学べば学ぶほどに先の大戦はそれを体験した人々の数だけのドラマがあるということ、またいかに私自身の過去への知識が断片的なものでしかないかということも痛感してきました。
空にかかる七色の虹が、その近くでは見えないのと同じように、戦後64年あの戦争は、それをいわゆる「歴史」として語るには、まだ近すぎて虹の全体像が見えないとそう率直に感じます。
ただ、事実として先の大戦がその後の世界に大きな影響を与えたことが、私は大きく分けて二点ほどあると考えております。このことは、私の歴史認識として6月の議会でも申し上げておりますので皆さまにもお話いたします。
一点目は、平和主義の広がりです。先の大戦では、国の内外を問わず、多くの民間人が戦火に巻き込まれ、特に原爆投下など大量殺戮(さつりく)が行われました。戦後、戦争そのものへの深い反省から、我が国では平和運動が起こり、そのうねりは世界に広がって行きました。戦争の悲惨さ、特に核兵器を使用した戦争が人類の滅亡まで招きかねないものであるということは、地球上の多くの人々に認知されつつあります。
二点目は、植民地主義の終焉(しゅうえん)です。欧米列強は南米、アフリカそしてアジアにおいて数百年間、残忍、狡猾(こうかつ)な方法で、現地住民から過酷な搾取(さくしゅ)を続けてきましたが、先の大戦後、この植民地主義を続行することは出来なくなりました。敗戦後、現地で独立戦争に参加した我が国の将兵が数多くいたことも事実です。
以上、二点申し上げましたが、いずれにしても、先の大戦が歴史の中で位置づけられて、冷静な評価がなされていくのは、これからではないかと思っております。
そのためにも、何が過去の事実であったかを丹念に検証し伝えていくことが、戦争を知る世代が少なくなっている今だからこそ、求められていると考えます。現在、さまざまな研究検証によって、これまでの定説が覆るなど、新たな事実が明らかになっています。こういった作業には、政治的な圧力や内外からの不当な干渉に左右されない言論の自由を守る環境を我が国社会が堅持することが非常に大切であると考えます。
色々と申し上げましたが、いずれにしても全世界で無数の人々の尊い命が失われた先の大戦終結から64年。心から戦没者への追悼の誠を捧げていきたいと思っております。
以上で月いちメッセージを終わります。暑さに気をつけて、今月もお仕事頑張ってください。

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