「小説『海賊とよばれた男』を読んで」 (平成25年8月分)

更新日:2020年10月01日

おはようございます。8月1日、月いちメッセージをお送りします。
先日、ある職員から本を借りました。ベストセラーである『海賊とよばれた男』という小説です。著者は百田尚樹氏、主人公の国岡鐡造は、出光興産の創業者である故出光佐三氏がモデルです。戦前から戦後の激動の時代にあって、主人公と部下たちが幾多の会社存亡の危機を乗り越え、単に会社の為だけでなく、日本人の誇りを世界に示そうと果敢に挑んでゆく姿は、読んでいてまことに痛快でした。
この小説で私は改めて出光佐三という人物を知りました。出光氏は明治18年の生まれ。石油小売業から身を起こし、今日の出光興産を一代で築きました。その経営方針は一貫して「人間尊重」の精神であり、社員を徹底して信頼し、出勤簿は付けさせない、定年制はとらない、会社は大家族主義でいくべきだから労働組合も作らせない、というものでした。戦前は政府の進める統制経済と闘い、戦時中は全社を挙げて国家に協力し、敗戦によって国内外の資産全てを失い、残った社員を一人も解雇せずどん底から再出発。戦後はGHQや欧米石油資本いわゆるメジャーを相手に、日本の石油を彼らに牛耳られないよう、民族資本の誇りをかけて事業を展開しました。
そのような出光の戦後の歩みを象徴する事件が「日章丸事件」です。今からちょうど60年前、我が国が主権を回復して1年も経たない昭和28年3月、出光興産は自社の所有する唯一の石油タンカー「日章丸」を、極秘のうちに中東のイランに向け出航させました。当時、欧米石油資本は国際カルテルを結び石油の値段を独占的に吊り上げていました。一方イランでは、長らくイギリス資本の支配下にあった石油を自分たちの手に取り戻そうと、時の首相が国有化を宣言。これに怒ったイギリスは艦隊を差し向け、イランの港から石油を積んだ各国のタンカーを拿捕し、海に機雷を撒き、イランを経済的に孤立させようとしました。
このような緊迫した状況下、日章丸は出航しました。表向きの行き先はサウジアラビアとされ、船長のみが本当の行き先を知っていました。出航後、船長は全船員を甲板に集め、出光佐三の檄文を読み上げます。イランの石油を輸入することで経済的孤立に陥っているかの地の国民を救い、日本の消費者に安価な石油の提供を図り、もって欧米石油資本の横暴に対し国際正義に基づく日本人の魂を示すべしとの内容、これに乗務員全員は心から共感し、高い士気を維持しつつイランアバダンの港に無事入港。熱狂的な歓迎を受け、このことはニュースで全世界に知れ渡りました。その後、ガソリンと軽油を満載した日章丸は、イギリス海軍の機雷と包囲網をかいくぐり、5月に堂々川崎港に帰ったのです。
これに対しイギリスの石油会社は積荷の所有権を主張し、出光興産を東京地裁に提訴。事件は法廷で争われました。出光佐三は「この問題は国際紛争を起こしているが、私は日本国民の一人として俯仰天地(仰いで天地に)に愧(は)じない行動をとる」と裁判長に宣誓。結局、イギリスの会社は提訴を取り下げ、出光側の勝利となりました。
出光興産の社史によれば、この事件は我が国と産油国との直接取引の先駆けであり、日本人の目を中東に向けるきっかけとなり、また敗戦で自信を喪失していた当時の日本で、国際社会に一矢報いた快挙として受け止められた、と記されています。
しかしその後、この快挙は世間からは忘れ去られ、出光佐三という人物も、昭和56年に逝去して以来、これもまたどちらかと言えば世間から忘れられた存在になってしまいました。その理由を、小説『海賊とよばれた男』著者の百田氏は、出光の業績を歴史から消した方が好都合という人々が多かったからだと述べています。
戦勝国及びメジャーの意向に従い、国民の利益でなく自己の利益を守ることに汲々(きゅうきゅう)としていた役人や同業他社を出光は痛烈に批判しました。一方で企業は大家族主義で行くべきで労働組合はいらないという考えは、労使対立をあおるいわゆる進歩的言論人からは嫌われます。まさに戦後日本の両極の既得権益の中にいた人々にとって出光は不都合な人物だったのでしょう。
さらに戦後日本は時代が下るにつれて、世の中をリードすべき人たちがどんどん人間的に萎縮してしまい、その一方で名誉や誇りのために戦うことを馬鹿にする評論家が多くなったことも、日章丸事件や出光佐三が忘れられた理由ではないか、と私は思います。仮に現代において日章丸事件のような快挙が起きたとしても、正義が称えられるどころか白々しい批判的コメントばかりが報道される、あるいはその出来事自体が徹底して無視されるかもしれません。
しかし、そのような風潮の現代において今般、小説『海賊とよばれた男』がベストセラーになった背景を考えると、まだまだ日本には、正義を貫こうとした過去の人間を甦らせるだけの、社会の底力があるのだと確信します。
「たとえ99人の馬鹿がいても、正義を貫く男が1人いれば決して間違った世の中にはならない。そういう男がひとりもいなくなったときこそ日本は終わる。」これは小説の中で作者が主人公に語らせた言葉ですが、おそらく出光の生の声ではないかと思います。
日本人はいつまでもサムライ魂、なでしこ魂を忘れてはならないと肝に銘じて私は戦後68年目のこの夏を過ごしたいと思います。
以上で月いちメッセージを終わります。暑い日々が続きます。身体を大切に、みなさん頑張ってまいりましょう。

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