『見えるか保己一』に寄せて(令和8年8月1日号)
7月15 日に発表された直木賞、蝉谷めぐ実さんの『見えるか保己一』は惜しくも受賞を逃しましたが、すでに山本周五郎賞を受賞し、さらに直木賞候補となったことは、この作品が多くの読者や選考委員の心を動かし、高い文学的評価を受けた証しです。賞の結果によって、この作品の価値が変わるものではないでしょう。
私も本書を読み、史実だけでは知り得ない塙保己一の葛藤や孤独を、文学ならではの想像力で描いた作品だと感じました。「偉人」として語られることも多かった保己一を、一人の人間として見つめ直した思いです。
言うまでもなく塙保己一の偉業は、『群書類従』の編纂により日本の歴史や文化を伝える数多くの古典を後世へ残したことです。弟子と共に文献を集め、校訂し、分類し、版木によって多くの人が利用できる形にしたその仕事は、現代の情報社会に置き換えれば、情報を正しく見極め、共有し、未来へ引き継ぐ営みと言えるでしょう。また保己一の偉業にはよく「見えないにもかかわらず」という表現がなされます。視覚障害は大きなハンディです。しかし、文献を耳で聞き記憶するなかで、むしろ「見えないからこそ」書物を系統立てて整理する構想が生まれたのではないか、これも多くの識者が指摘するところです。
保己一は、視覚障害を乗り越えたというより、その境遇の中で自らの力を磨き続けた人であり、その歩みが『群書類従』という偉業を生んだ、私はそう思います。
人は皆、それぞれに与えられたものを背負って生きています。それは恵みであることもあれば、時に逆境であることもあります。現実には、その重さに心が折れそうになることも少なくありません。そのような中、保己一の生涯は、与えられたものを世のため後のためへと活かすことで、人はかけがえのない価値を生み出すことができることを、200 年を経た今も私たちに語りかけているように思います。
受賞の有無を超えて、『見えるか保己一』は長く読み継がれる一冊であってほしいと願っています。多くの皆さまに手に取っていただければ幸いです。



更新日:2026年07月31日