競進社模範蚕室

更新日:2022年03月30日

開館のお知らせ

新型コロナウィルス感染症拡大防止のため、感染予防対策を行ったうえで、開館しております。


ご来館の際は、「来館時・館内でのお願い」をご確認いただき、新型コロナウィルス感染予防対策にご理解、ご協力をお願いします。

※館内の入館状況により、入場者の制限を行う場合があります。

※館内は土足での入館はできません。(スリッパの用意あり)

※職員による展示解説は当面の間、中止させていただきます。

 

【来館時・館内でのお願い】

1.入館時・退館時の手指のアルコール消毒

2.マスクの着用

3.入館者カードの提出(日時・代表者氏名・人数等の記入)

※新型コロナウィルス感染症対策のため、来館者には、保健所等の行政機関 による聞き取り調査などにご協力いただく場合があります。様式をダウンロードして、事前に記入しお持ちいただいても結構です。

4.社会的距離(ソーシャルディスタンス)の確保

※館内では他の来館者との十分な距離(概ね2メートル)をとってください。

5.発熱(37度5分以上)や咳などの風邪症状のある方の入館はお断りする場合があります。

 

【当館の取り組み】

1.職員のマスク着用、手洗い・手指の消毒、出勤前の体温測定の徹底

2.施設の出入口及びトイレにアルコール消毒液の設置

3.案内カウンターに飛沫防止用のパーテーション(アクリル板)の設置

4.館内の展示ケース、手すりやトイレのドアノブ等の定期的な消毒

概要

木造2層建築の競進社模範蚕室の前に木村九蔵の銅像がある写真
競進社模範蚕室のご利用案内

所在地

本庄市児玉町児玉2514-27

電話番号

0495-71-1121

開館時間

午前9時~午後4時30分

休館日

月曜日(休日の場合は翌日)、年末年始(12月28日~1月3日)

入館料

無料

その他

団体利用の場合は事前の申込みをお願いいたします

団体見学について

競進社模範蚕室では、学校やサークル活動など各種団体の見学を受付ております。
施設は自由に見学が可能ですが、混雑を避けるために事前の予約をお願いします。

 

申込手順

ご見学の日時が決まりましたら「施設見学申込書」をダウンロードし、ご記入ください

施設見学申込書 (Wordファイル: 14.6KB)

施設見学申込書 (PDFファイル: 69.1KB)

施設見学申込書(記載例) (PDFファイル: 85.3KB)

提出先

郵送又はメール、ファックスで受付ております。詳しくは、お電話にてお問い合わせください。
申請書を受理した後、担当より確認のお電話を差し上げる場合がございますので、予めご了承ください。

郵送先
〒367-8501
埼玉県本庄市本庄3-5-3
本庄市教育委員会事務局文化財保護課

電話 0495-25-1186
ファックス 0495-25-1193
E-mail  bunkazai@city.honjo.lg.lp 

駐車場について

大型バスを利用される際は、無料駐車場があります。
ご利用される場合、必ず申込書への記載をお願いいたします。

競進社解説シートNO.1~NO.10

競進社をもっとよく知りたい方のために、解説シートを公開しました。個人での学習などに、ダウンロードしてお使いください。

世界文化遺産「富岡製糸場と絹遺産群」と本庄

養蚕と絹のまち本庄

 本庄市には、世界文化遺産へ登録された「富岡製糸場と絹産業遺産群」に匹敵する遺産「競進社模範蚕室」や「旧本庄商業銀行煉瓦倉庫」などがあります。

競進社と高山社

 競進社は、「高山社跡」の高山社と深い関係にあり、競進社を創始した木村九蔵は、高山社を創始した高山長五郎の弟にあたります。長五郎は「清温育」、九蔵は「一派温暖育」という蚕の飼育法を考案しており、両者は切磋琢磨しながら近代日本の養蚕業の進展に大きな役割を果たしました。
 高山村(現藤岡市)の高山家から児玉郡新宿村の木村家に養子に入った九蔵は、飼育法や新蚕種を普及させるため、明治10年に賛同する若者たちと養蚕改良競進組を結成し、明治17年にはその組織を拡大し、児玉町(現本庄市)に出張所と伝習所を設置し、その中に実習施設として現在も残っている「競進社模範蚕室」(埼玉県指定文化財)を造りました。明治27年のことです。 九蔵は、明治31年に54歳で亡くなっていますが、その前年には、現在の児玉白楊高校の前身となる競進社蚕業講究所を設置し、児玉白楊高校の校祖と呼ばれています。高山社も高山組から高山社(明治17年)、高山社蚕業学校(明治34年)へと変遷し競進社と同じような歩みをしています。

富岡製糸場と本庄の繭市場

 「旧本庄商業銀行煉瓦倉庫」(国登録有形文化財)は、日本屈指の繭市場・本庄の面影を今に伝える貴重な建造物です。
 明治5年の富岡製糸場設立に当たり、工場長の尾高惇忠(渋沢栄一の義兄)は、当時の本庄宿の有力者・諸井泉右衛門らに繭の買い入れを依頼し、以降本庄は、北関東のみならず日本屈指の繭の集散地へと成長して行きます。明治27年には、この地初の銀行「本庄商業銀行」が設立され、29年には、取引や融資の担保となる繭を貯蔵する煉瓦倉庫が建設されました。これが現在も中山道に残っている「旧本庄商業銀行煉瓦倉庫」です。

明治45年の本庄繭市場の様子を写した白黒写真
2階建てで赤レンガ造りの旧本庄商業銀行煉瓦倉庫

地図情報

この記事に関するお問い合わせ先

教育委員会事務局文化財保護課
〒367-8501
埼玉県本庄市本庄3丁目5番3号
電話:0495-25-1185・0495-25-1186
ファックス:0495-25-1193
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